私は4年間駒場にいて、教養学科の国際関係論分科を出ています。その前に、駒場東邦という駒場にある中学、高校に6年通いましたから、あの駒場によく10年もいたと、褒められています。1970年に大学に入りましたが入学式はなく、74年に卒業しましたが卒業式もなく、大学紛争の後遺症のおかげで、大学への愛着が生まれにくい大学生活を送りました。
さて、今回お配りした表題は「東海経済八つの試練」となっています。当初は「七つの試練」だったのですが、部下に「名古屋なんだから、八つにしないとだめですよ」と言われて(笑)、「まあいいや、一つぐらい考えよう」と八つにしました。
◆世界経済は5%成長を続け、原燃料高が定着
日本経済・世界経済の話は、省略させていただきますが、一つだけ申し上げておきたい点がございます。それは、世界経済は2007年に5%程度の高い成長を続ける見通しだということです。これが実現しますと、ほぼ5年にわたって5%程度の成長が続き、足し算では25%伸びるわけです。こういう高成長が長く続く局面では、必ず原材料や燃料の需給に大きな影響が出ます。原材料価格、燃料価格の水準が大幅に上がって、大きく動いています。
思い起こしていただきたいことがあります。黄金の1960年代から次の1970年代にかけて、非常に好調な時期が続いた結果、第一次石油危機が起きました。それと同じような局面に我々がいるということです。
◆30億人が一斉に工業化、製品安の定着
しかも、この地球で30億人もの人々が一斉に工業化し生産を増やすと同時に、それを背景として急速に需要を拡大させているという、人類史上かつてない局面に入っています。この30億人が生み出す新たな需要や生産の大きさを、念頭に置いておく必要があります。中国の(16億人とも言われていますが)公称13億人、インドの公称11億人、ロシアの3億人、これらを足していきますと、少なく見積もっても、30億人の人たちが一斉に工業化し、経済を発展させているということです。
かつて、先進国の工業化には時間差があり、しかも、人口は大したことではありませんでした。今のヨーロッパに5億人、アメリカに3億人、日本に1億人ですから、足しても10億人程度が時間差をもって工業化したに過ぎません。そういう局面に比べると、我々は今回、歴史的に大変な局面に入っていると考えられます。
この30億人が一斉に廉価な工業製品をつくり出しますので、安い価格のものが市場にあふれ、製品安になります。この原料高、製品安という新しい局面は、世界で景気拡大が続く過程で、これからも続くと予想されるというのが、非常に大切な意味合いだと思います。
◆東海経済に三つの強さ
以上を申し上げた上で、本題である東海経済についての話に移ります。着任以来半年間、当地経済の強さを日々体感しています。当地の皆さんからは褒め言葉は少なめに、と言われるんですが、やはり褒めざるを得ません。褒める要素はさまざまありますが、根底にあるのは三つの要素だと考えています。
一つは、この地区から、次は世界を視野に入れるという、志や戦略の大きさだろうと思います。大企業だけでなく、中小企業に至るまで、そういった戦略を持っている強さがあります。志の高さは、米国のシリコンバレーなどとも共通しています。シリコンバレーのベンチャー経営者と話をすると、どんな小さな製品、どんな細かなソフトウエアでも、世界制覇をするんだという意気込みで仕事をしているのに驚かされます。そんな高い志が、シリコンバレーと東海経済には共通していると思います。
二番目は、現場の革新力の強さです。現場から内発的に上がってくる実践的な革新力の強さです。地に足のついた技術力であり、組織運営力であり、工場の運営力であり、それらが、たゆまず進歩している強さがあります。
三番目は、慢心しない堅実さです。バブルに躍らなったことがその一例です。また、現在のような円安の局面においても、いつか円高が来ることを展望して慎重な対応をされています。このような事例は枚挙にいとまがありません。堅実さが深く広く根付いているところに、本当の強さがあります。
◆東海経済に八つの課題
当地の皆様からは、そうした強さはあるにしても、むしろ課題も多いだろうから、それを挙げてくれた方が有益だと、しばしば言われます。そこで、応援の意味を込めて、以下のような問題提起をさせていただきたいと思います。課題は、八つ程度に整理できると考えます。いずれも、当地経済や世界経済の良好さが、それ故に直接的・間接的な帰結としてもたらしている課題です。
八つの課題を、密接に関連しているものを適宜組み合わせて説明申し上げます。
◆1 3〜5年は新価格体系(原料高、製品安)のもとで板挟み
第一は、世界経済の持続的成長がもたらす新価格体系(原料高、製品安)のもとで、東海経済がどう対応していくかです。特に、板挟みが顕著な中小企業がどう対応していくかです。
一次産品の専門家は、原料高が恐らく今後3年から5年は変わらないだろうと言っています。価格が上がっていますので、これから供給は増える筋合いにありますが、資源開発投資が実を結んで本格的な供給増につながるまでには、時間がかかりそうです。3年から5年は、高い価格体系があまり変わらないだろうと予想されます。一方で、製品は30億人が安い労働コストでつくっています。今後30億人の賃金が上がり始めても、彼らの生産性の伸びも高いので、製品価格は上がりにくいと予想されます。この原料高、製品安の板挟みになっている企業群が最近増えています。輸出に牽引されて経済が好調な東海経済で、特に顕著に見られるようになりました。
ちなみに、管内3県の短観調査における業況判断の数字(「良い」の答えから「悪い」の答えを引いたパーセント・ポイント)を見てみます。最近の調査結果(2006年12月)によれば、製造業全体としては18ポイントと非常に高いレベルです。中でも大企業は35ポイントですから、多くの企業が「良い」と答えています。一方、中小企業は4ポイントとなっていて、中小企業には「良い」と答える企業はほとんどないという状態です。中小企業では、3月が18、6月が11、9月が6となっていて、「良い」と答える企業が右肩下がりに減ってきたというのが実情です。景気の拡大が定着する中で、なぜこういうことが起きたのかというと、この答えは、収益にありました。
◆大企業は増益、中小は減益
利益計画、つまり利益の予想について、経常利益を見ると、2006年度は製造業全体では+23.6%で、内訳は大企業+24.8%、中小企業-16.6%となっています。大企業が2割を超える増益を見込んでいる中で、中小企業は減益になることがはっきりしました。全国ベースでは中小企業も増益ですが、全国の景気の先頭に立っている東海経済で、中小企業の減益という事象が起きているところに大きな意味があると考えられます。
原因は、原材料高、製品安の板挟みになっているということです。主力の自動車産業あるいは電機産業に連なる裾野企業などで、一次、二次、三次と下におりればおりるほど、製品価格が上げられないのに、原材料価格が上がるという板挟みの状況が強まっているのです。
そして、世界景気が拡大すればするほど、この板挟み状況は定着する可能性が高いと予想されます。したがって、ここから抜け出す方策を考えないと、中小企業は減益基調の中からなかなか浮かび上がれないということです。数量が増えていれば量産効果で賄えるかもしれません。一方、それが難しい場合には、新たな製品、新たな分野に出ていくことや付加価値の高いものに生産を切りかえていくという努力が、これまで以上に必要になってきます。東海経済の力をもってすれば、乗り越えられるはずだと思いますが、世界経済が好調であるが故に、こういう状況が今後も続くというのが大きな課題だと思います。
◆2 地域ごとの濃淡:景気、問題克服
第二は、大企業、中小企業の格差、濃淡ばかりでなく、地域間の濃淡や企業間の濃淡が大きくなってきて、これにどう対応していくかが問われています。
最近とりわけはっきりしてきたのが、地域ごとの濃淡です。地域によって、活況、不況の差が出ています。地域の差を均らすメカニズムに着目すると、田中角栄さんが現れる前の時代に戻ったと考えられます。と言いますのは、この10年、財政が所得再分配の機能を非常に小さくするということが起きて、その結果、地域ごとの地力の差が、歴然と表面化してきています。
さらに、景気が良い地域に景気の悪い地域から労働力が流出しています。角栄さんの前の時代は集団就職という格好でしたが、今は人材派遣会社が全国各地にリクルートに行くという方式になっています。その結果、労働力が流出した地域では、地域の振興が一層難しくなっています。すなわち、地域ごとの問題克服力にも濃淡が出てきているのが現状です。
もう一つ、消費活動についても濃淡が出てきます。なぜなら、行動力のある方や資産家の方は、交通網が発達すると、どんどん魅力的な遠隔地に出かけて行って買い物をすることになります。
私は長野県上田市の生まれですので、上田市の例を申し上げます。上田市に新幹線が開通したら、上田市のミニ資産家の奥様方はこぞって、週末に東京のデパートへ買い物に行くようになり、週末の新幹線は、デパートの買い物袋を抱えた奥さん方でいっぱいの状況になっています。結局、一番購買力のある人が、中心地に出ていってしまうということが起きています。
当地でも多かれ少なかれ同様の事象が起きていると思われます。名古屋には新しい商業施設が続々と建っていますが、岐阜や津、四日市、桑名のデパートや商店街は苦戦をしているようです。全国各地でこういったことが起きています。
◆地方の潜在力を如何に高めるか
働ける人、そして行動力のある人が、雇用機会のある、あるいは魅力ある地域へ出ていくため、送り出す地域に残っている潜在力が弱くなってきている可能性があります。ハンディを抱えながら、どうやってこの問題を解決していくのか。大いに知恵が求められるところです。
特に東海地域は、移住を伴わない通勤圏の拡大という形で、地域の労働力が活用されると同時に、購買力をもった地域が拡大していますので、問題解決はやりやすい方だと思われます。名古屋周辺の都市、自治体、地域がどういう対応を示していくかによっては、日本のお手本になり得るのではないかと思います。
私どもの日銀名古屋支店に勤めている地元職員に話を聞きますと、残念なことに、勤務帰りに名駅のデパ地下で買って帰ると言う人が多く、地元の桑名とか四日市、岐阜で夕方の買い物をする人はほとんどいないということです。このように、通勤の人も中心地志向だとすると、地元での消費回復はなかなか難しいとは思いますが、何らかの解決策はあると思います。
新たな明るい事例もあります。例えば、交通の便の良さを活用して、生活者を集めるという工夫です。岐阜の駅前に43階建てのマンションが建ち、大半を多くの地元の資産家、特に年配の資産家が買われたということでした。医療設備や商業設備が入っており、便利で安心です。東京まで雨にぬれないで行けるというメリットもあります。孫も雨にぬれないで東京から来られるということです。将来を展望して買われたのでしょう。岐阜は名古屋から一番速い快速だと17分ですから、そういった利便性に着目した新たな工夫だと思います。
ただし、こういう答えがすべての地域に当てはまるわけではなく、どういう回答を見出していくかは、東海経済の一つの仕事です。財政による再配分にあまり期待ができない中で、どんな回答を見つけていくのでしょうか。
◆3 富士山型からアルプス型へ
第三の課題は、自動車産業への依存を低め、多様化を図ることです。当地経済が自動車産業への依存度の高いことは、強みであると同時に、弱点でもあります。そこで、富士山型の産業構造から、アルプス型に変えていくべきだという議論は、既に各方面から提起されています。この依存度を下げて多様化する方策については、多くの選択肢があると考えられます。
現実から学ぶのが早道かと思います。一つは、行政主体で新しい産業を呼び込んでくる、つまり三重県的な方策、シャープや富士通や東芝を引っ張ってきたようなやり方があります。
二つ目は、自発的に起業する新しい新興企業を支えていくというアプローチがあります。当地で事業を興す人にとっては、自動車産業をはじめとする当地の有力企業に関連する事業を興した方が確実で、いきなり新しい産業を興すのは大変難しいと思います。しかし、意欲のある人が新しいノウハウを持ち込むことができるはずです。歴史を振り返ると、当地の最有力企業群にしても、最初は何もないところからベンチャー企業としてスタートしたわけです。今後、新たな企業家をどのように地元としてサポートしていくのか、工夫を重ねていかれれば、前に進んでいくと思います。
◆4 大事な裾野企業の競争力強化
三つ目の選択肢は、裾野に連なる企業群が、他の産業にも頼りにされるような広い意味での世界的競争力をつけることです。よく言われる話として、トヨタが世界一になる際に、「それでは、トヨタに連なる裾野企業は世界一なのか」という問いかけがなされます。トヨタに納入するだけではなくて、ほかのさまざまな産業にも納入できるような形で、自分の競争力を広げていくという可能性は、大いにあると思います。中・長期的な東海経済の成長力を考えると、そうした裾野企業の競争力、裾野の拡大強化は、非常に大事なことではないかと思います。
◆雇用を見直す元年、内なる国際化の元年
第五の「企業と雇用」と第六の「内なる国際化」はともに雇用に関係する課題です。内なる国際化とは、外国人をどうすれば円滑に企業、社会に受け入れることができるかという話です。
第五の課題である「企業と雇用」については、個人的な見解ですが、今年は企業が雇用を見直す、いわゆる元年になるのではないかと考えています。これまで、景気の調整弁として、緊急避難的に雇用を位置づけてきた動きが、この10数年続いてきましたが、現在、私どもの経済は、安定的な経済成長の経路に復帰しました。そういう中で、いつまでも雇用に不確実性を押しつけていていいのかという問題提起がなされるわけです。
◆5 企業と雇用:雇用形態見直しの契機に
非正規の労働力では技術の継承が難しいという話がしばしば聞かれます。また、企業展開を図っていく上で、非正規の方に依存していて、本当に中・長期的、根本的な成長力、競争力が高められないのではないかとの疑問も聞かれます。当地の経営者の方々が自問されているようです。企業の根幹たる人材を育てるという観点から、企業にとって適切な雇用の形態は何なのかを見直しする、一つの重要な契機だと思います。今後を展望した場合に、人材が企業の現場力、技術力、経営力、ひいては成長力の基盤であるとするならば、こうした点について、見直しがあってしかるべきでしょう。
個人が不確実性を負う力、あるいは世の中の変化に対応する力と、企業が不確実性を負う力、世の中の変化に対応する力を考えた場合に、個人よりは組織の方が懐が大きいと考えるのが自然だと思います。これに対して、過去10年間は、雇用を調整弁にしたのですが、今後は、企業が組織の対応力を磨いて不確実性に対応するという方向が出てきてもしかるべきと思われます。
非正規の雇用では、その家計のマインドが安定化しにくいということが続いています。雇用が不安定なうえ、収入もさほど伸びないという中で、消費の増加テンポが不安定になっています。企業サイドにおいても、経営上、無理をして正規化するということではなく、前向きに正規化していくという選択肢はあると思います。それによって、働く方でも安心感を持って、将来の生活・消費に対する展望を持って働けるという状況が生まれてくるよう期待しています。
◆6 内なる国際化:外国人労働受け入れへの対応
次は外国人の労働力に関してです。人が働く時間は8時間で、残り16時間は社会生活を営むわけです。外国人を雇用するのは企業ですが、地域社会は16時間お付き合いすることになります。したがって、今後、いかに我々の社会、経済の中で適切に暮らしてもらうかは、大きな課題だと思います。日系ブラジル人の3分の2は、東海3県と静岡県を含めた4県に住んでいるそうです。このように、外国人の比率が高くなっている点でも、当地区は先頭を走っており、早目に対応を考えていく必要があります。
ヨーロッパやアメリカを見てもわかりますが、違った国、文化の方が入ってくれば、摩擦が起きるのは当たり前です。問題は、その摩擦を如何に小さくして、この社会に溶け込んでもらうかという工夫にあるわけです。我々がそうした工夫を十分にしているかというと、答えは「ノー」だと思います。全く不十分な対応しかしていないのではないかと自省するところです。一般的な日本人の場合、理解してもらうための工夫を余りせず我慢していることが多く、不満が溜まって爆発するということが少なくありません。これは、異なった文化の人と付き合う上で、最悪のやり方ですから、その前に工夫や努力が必要となります。
摩擦が発生する代表例は、ゴミと教育です。
まず、ゴミについてです。私も名古屋に参りまして、ゴミ出しの日は最も頭が痛い日で、朝から悩みつつゴミを整理しています。東京から来た人間にも難しいことを、外国人に本当に教えているのか、理解してもらうためにどのくらい努力しているのか、については疑問があります。名古屋のゴミ袋には、燃えるごみ、燃えないごみという言葉が、親切に6カ国語で書かれています。確かに立派な工夫だと思いますが、何が燃えるゴミで何が燃えないゴミかという定義は書いてないのです。ですから、私は、このゴミはどっちに入れたらいいのかといつも悩んで、手引を開いて苦労しながら分別しています。外国から来た方は、もっと苦労しているのではないでしょうか。外国語の手引はあるのでしょうか。
もう一つ大事なのは教育です。私も様々な国で外国人として居住しました。アメリカでは、外国人の子供に対して、先生がついて無料で英語の教育をしてくれます。日本の場合、言葉の教育だけ、別に先生をつけるということは、まだできていないと思います。こうした面で、我々はまだまだ足りない面があるのではないでしょうか。
◆企業こそがイニチアシブを
ここで是非注意していただきたい点は、外国人を招請するのは企業であるという点です。招請のイニシアチブを持っている企業が、働き方を教えると同時に、住み方も教えていただくのが最善だと思います。少なくとも、ゴミの出し方とか教育の受け方とか、そういった点について説明や補習トレーニングがあってしかるべきだと思います。安い労働力で収益を上げるだけで事足れりとせず、付随するコストも含めて、企業が対応するのが筋ではないかと思います。
一方、地域住民や行政、自治体にしてみれば、突然、隣に外国人が来てしまったということになります。地域住民に対して、企業側から前もって知らせることも少ないようです。自治体も、税収が上がる前に外国人が増えるわけですから、悩みが大きいと思います。ですから、やはり企業が最初に行動を起こすべきではないかと思います。
◆7 高齢者も使えるIT器具やITサービスを
第七は「少子高齢化社会への対応」です。将来は通常不確実なものですが、世の中には確実なことも幾つかあって、少子高齢化は数少ない確実なことの一つです。間違いなくやってくることですので、準備や対応は比較的容易なはずです。しかし、それができていないのが日本の現状ではないでしょうか。東海地区も例外ではありません。
ITの活用を代表例として申し上げます。高齢者こそ、物理的な移動が少なくて済むITの活用から得られる恩恵が大きいはずです。しかし、実際には、IT器具やITサービスは、高齢者には使いにくいものが大半です。パソコン一つとっても、どうして我々はアルファベットでパソコンに入力しなければいけないのでしょうか。私が使い始めて20年以上になりますが、いまだに改良されていません。父親、母親にパソコンを使わせようと努力しても、絶対にさわってくれません。高齢の方にさわっていただかないと、ITあるいは通信の進化の恩恵は行き渡らないわけです。体が動かない人こそ、ITから得られる恩恵は大きいわけですが、パソコンが使えないため、なかなか浸透しないという事情があります。
高知の支店長をやっていたときに、山間地の医療を調べたことがあります。医師が往診するのに、山間地ですと1日に3軒程度しか回れませんが、コンピューターでデータを送信して診察できれば、10倍の人を診ることができるかもしれません。また、高齢者の不安も、実際に医師のところに出向かなくても、コンピューターを通じてデータを送信して相談することで解消されることが多いわけですが、なかなかITを活用した遠隔地医療が本格運用できていません。
企業の方にお願いしたいのは、是非、高齢者に適した器具やサービスの提供に取り組んでいただきたいということです。今は65歳以上の方が2,500万人ですが、5年ごとに500万人ずつぐらい増えていきますから、非常に大きな市場になることが確実です。こうした潜在ニーズにこたえる商品やサービスが出てこないというのは、むしろ不思議なことです。潜在ニーズに応えるものが出てこないことが消費自体を抑え込んでいるという面があります。また、高齢者やITを使えない方のために、余分な民間サービスや行政サービスをしなければならず、いろいろなコストがかかっているとすれば、日本社会全体の生産性を抑え、日本経済の発展を阻害しているとも言えるわけです。東海地域は、工夫、改善という面では世界で最も競争力があるわけですから、是非とも少子高齢化に対応するさまざまな工夫を発信していただきたく希望します。
◆8 金融機関の潜在活力を
最後の第八は「金融サービスの支援力」です。当地では、製造業が世界最強の働きをしている一方で、金融機関が十分に活用されていないという特徴があります。結論を先取りして、皆さんへの要望を申し上げれば、個人あるいは企業として、金融機関に要望をどんどんぶつけていただきたいということです。それに対して金融機関が工夫を進めることを通じて、皆さんに対する金融機関の支援力が高まることになります。
当地の金融機関は非常に低い金利で皆さんに資金を貸しています。46都道府県を比べると、金利水準は愛知県が最低で、次いで三重、岐阜が2位、3位、4位あたりを争っています。これは借りる方にとってはありがたいことだろうと思います。一方で、預金金利は全国並み、あるいは少し高めのものを提供していますから、金融機関にとっての利ざやは非常に小さいのです。それだけでなく、当地の金融環境は、アメリカよりも、恐らく世界でも最も厳しいのです。アメリカですと、上場すれば銀行借り入れは減るわけですが、それでも銀行借り入れに、それなりの役割を認めています。つまり、全部が資本性の資金調達だけでは、事業のリスクの特性に合っていませんので、むしろ、そこに金融機関からの借り入れの役割があるということで、借り入れも活用しています。しかし、当地の企業は、無借金経営の大企業が多いうえ、中小企業でも無借金経営を経営目標に入れておられるところが多いのが実情で、これでは金融業を生かすことにはなりにくいわけです。
皆さんに申し上げたいのは、金融機関は単純な貸し出しだけが仕事ではありません。皆さん方の事業承継のお手伝いはもちろん、プロジェクトに合ったファイナンスの仕方を提案するなどの力を潜在的に持っています。そういう課題を是非ぶつけていただきたいのです。
つまり、金融機関の潜在力を大いに活用していただければと思います。貸し出し資金に関することだけではなくて、例えば、事業のネットワークを広げるための情報が欲しいとか、技術に関する情報を調べてこいとか、会計や内部監査に関して助言を欲しいとか、言っていただければ、できることが数多くあると思います。その金融機関自身ではできないこともありますが、その場合には、金融機関が専門の先を紹介するということもできるはずです。東海経済の場合、貸し出し金利が安いということで金融機関を使ってもらっていますが、今後はサービスの内容も活用してもらうことを通じて、東海経済の成長にさらに役立っていくものと考えています。
◆むすびに代えて:応援歌
以上、元気な東海経済が成功している過程で、気づきにくい形で発生している課題を、八つの試練と題して、問題提起をさせていただきました。もとより、これは応援歌です。工夫やアイデアの豊かな東海経済ですから、こうした課題を克服していくと信じております。また、それを通じて、東海経済から日本経済に対して、問題解決の糸口を見せていただけたらありがたいとの強い希望を込めて、お話を申し上げました。当地経済のさらなる発展を大いに期待いたします。